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モンゴルってどんな国?

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モンゴルの基本情報

基礎データ

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国名 モンゴル国(もんごるこく)
キリル文字表記:Монгол Улс  英語表記:MONGOLIA
人口 275万6000人(2010年 世界第135位)
国土 東アジア北部に位置する内陸国。
国土面積は 約156万4000平方キロメートル(世界19位)
*日本の約4倍
首都 ウランバートル
人口:115万1500人(2010年)
通貨 トゥグルグ(MNT)
公用語 モンゴル語
歴史
匈奴(きょうど、紀元前4世紀ころ〜紀元93年)

「匈奴」とは、かつて中央ユーラシアにいた遊牧民族および、それが中核となってできた遊牧国家のことです。モンゴル高原を中心に一大勢力を築いていました。

紀元前215年には、秦の始皇帝が、万里の長城を築いて匈奴の侵入を防ぎました。

鮮卑(せんぴ、紀元前3世紀〜6世紀ころ)

匈奴の力が衰えてくると、「鮮卑族」が勢力を増すようになりました。鮮卑族は、かつて匈奴に滅ぼされたモンゴル系の遊牧騎馬民族「東胡(とうこ)」の子孫です。

鮮卑族はその後いくつかの部族に分裂し、そのうちのひとつが中国北部に北魏を建国しました。

自由自在にウマを操る騎馬民族。内モンゴル自治区の歴史博物館にて撮影。

柔然可汗国(じゅうぜん かがんこく、5世紀〜6世紀)

鮮卑族が中国に移動すると、同じく「東胡」を祖先にもつ「柔然族」が、モンゴル高原で勢力を拡大しました。テュルク系遊牧民「高車族」を従えてタリム盆地一帯を支配し、北魏(中国)と対立しました。「可汗」とは皇帝のことで、後の「ハ—ン」の元になりました。

テュルク系国家時代(6世紀〜9世紀)

柔然の奴隷だったテュルク系遊牧民族が独立し、「突厥(とつけつ)」帝国や「回紇(かいこつ/ウイグル)」可汗国を建国して、モンゴル高原の覇者となりました。

契丹(きったん)・遼(りょう)時代(916年〜1125年)

鮮卑族を祖先にもつ「契丹族」が勢力をつけ、満州からモンゴル高原東部に及ぶ帝国をつくりました。宋(中国)と和平条約を結び、北アジア最強国となって文化を発展させました。
最後は、満州の狩猟民族「女真(じょしん)族」によって滅ぼされました。

モンゴル帝国・元(1206年〜1634年)

北モンゴルの様々な部族を統率したテムジンが、最高の君主「チンギスハーン」になりました。都をカラコルムにおき、中央アジアにまで勢力を広げて大帝国を築きました。

1271年 チンギスハーンの孫、フビライが全中国を統一し、国号を「元」に改めました。都を北京に遷し、次々と軍事的勝利を収めて支配地を拡大しました。1274年には高麗と一緒に日本を攻めましたが、これは失敗に終わりました。

1368年 中国南部を明(みん、中国)が統一し、モンゴル人は北へ退去し、その後の国号は「北元」と呼ばれるようになりました。

清朝の属国時代(1755年〜1911年)

北元が清(しん、中国)に支配されるようになりました。

20世紀に入ると、清はロシアからの侵略を防ぐために、内モンゴルに漢人をたくさん住ませて遊牧地を耕地に変えました。そのためモンゴル人の間に反漢・独立感情が高まり、1911年、清で起きた辛亥革命(しんがいかくめい)を機に、北モンゴルはロシア帝国の協力を得て、独立を果たしました。

スフバータル広場。中国から独立を果たしたスフバータルは「モンゴル建国の父」と表されている。

モンゴル人民共和国(1924年〜1990年)

ソ連の圧力により、モンゴル人民革命党の独裁による徹底した社会主義政策を行いました。1930年前後には、厳しい宗教弾圧と遊牧の強制農耕化などを行い、反対した多くの人が殺されました。

1989年 民主化運動が起き、翌年、一党独裁が終わりました。

戦勝記念碑。第二次世界大戦でドイツ・日本軍がモンゴル・ロシア軍によって破れた様子が描かれている。

モンゴル国(1992年〜現在)

国号を改めて新憲法を制定し、民主主義国家になりました。

国のしくみ
憲法 モンゴル国憲法
国の統治 民主制
元首 大統領
国会 直接選挙で決まる国家大会議(一院制)があります。
内閣 大統領制と議院内閣制を併用した、共和制です。
地方自治 21の「アイマグ」の中に、「ソム」があり、その中に「バグ」があります。バグは50〜100家族ほどで構成されています。
軍事力 約1万人のモンゴル国軍があります。基本的に18歳以上の男子が徴兵されますが、代わりにお金を払ったり海外に留学していれば免除されます。
国際機関 国連に加盟しています(1961年)。

モンゴルの自然

モンゴルは降水量がとても少なく、しかもその半分が7月と8月に集中しています。そのため、このステップ気候に適した草原が広がっています。北部は年間の雨量が約500mmと多いので、森林も多く見られます。

気温は、夏には約40度、冬はマイナス30度まで下がり、寒暖の差がとても激しいです。

特徴

国土の79%は草原という、まさに壮大な「草原の国」です。また、平均標高は1500mなので「高原の国」ともいえます。特に北西部には高い山が連なっており、タイガと呼ばれる針葉樹林帯があります。反対に南東部にはゴビ砂漠が広がっています。

降水量は少なくても地下水は豊富で、河川や湖沼が数多くあります。

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植物は、草花類ではキク科、マメ科、アブラナ科、バラ科、樹木類ではシラカバ、マツなどが多く見られます。中でもキク科のエーデルワイスはモンゴルのいたるところで見られ、丘全体が真っ白なエーデルワイスで覆われている所もあります。植物の種類が豊富なだけに、食用植物が200種類以上、薬草が500種類以上、牧草が1000種類以上と、多くの植物が活用されています。

動物

草原には、レイヨウ、サイガ、ノウサギ、キツネ、オオカミ、アナグマなどの哺乳類が生息しています。

ゴビ砂漠には、コウジョウセンガゼル、サイガなどのほか、ロバ、ラクダの野生種、クマ、ユキヒョウなどの野生動物がいます。中にはアイベックス(野生ヤギ)、ビッグホーン(オオツノヒツジ)など貴重種なども生息しています。

モンゴルの文化・食

遊牧民族の特徴として、若くて強い者が重んじられます。環境の厳しい草原では、強い者が権力を握って指導力を発揮し、弱い者は従うことで共同体を維持してきたからです。

文化

モンゴルの遊牧民の家は「ゲル」と呼ばれ、木・フェルト・布でできた移動式テントで生活しています。組み立て、解体、運搬、修理が簡単にでき、雨風も防ぐことができます。モンゴルの厳しい自然に負けない、非常に機能的な住居です。

伝統的な民族衣装は「デール」といいます。木綿や絹でつくられており、冬には毛皮などをプラスして、寒さを防ぎます。若者を中心にカジュアルな服装が一般的になった現代でも、デールは正装として普通に着られています。

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「ホーミー」とは、一人の人間が2つの音声を同時に発するという、世界中でも他に例を見ないモンゴル独特の歌唱法です。1つの声はだみ声で、もう1つはきれいに澄んだ声です。風や川の流れなど、自然の音を表現していると言われています。
また、モンゴル音楽には欠かせない楽器に「馬頭琴」があります。

モンゴル人は昔から馬に親しみ、大切にしてきました。モンゴル人のほとんどすべての人が自由に乗馬できます。年に一度の民族祭典「ナーダム」では、5~13歳の子供が騎手を務め、18〜38キロの直線コースを競います。

その他、伝統的な競技に相撲と弓道があります。相撲は日本相撲とは違い、たくさんの相撲取りが一斉に闘う格闘技です。

モンゴル料理は伝統的に、「赤い食べ物」と呼ばれる肉料理と、「白い食べ物」と呼ばれる乳製品に分けられます。主食は小麦や米ですが、量的には肉が主食並みの量を占めることも多いです。

肉料理は羊肉が中心で、茹でる(煮る)料理と、蒸す料理が中心です。生ではほとんど食べません。また、香辛料をほとんど使わないのがモンゴル料理の特徴です。

牛肉は基本的に干したものを調理します。馬肉はモンゴル西部に住むカザフ人がよく食べます。ラクダ肉はゴビなどの地域で主に食べられます。豚肉や鶏肉は、草原で放牧する家畜でなかったため、モンゴル料理ではあまり使いません。

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モンゴルでは「5種類の家畜」と呼ばれる、ウシ、ウマ、ラクダ、ヒツジ、ヤギ、ヤクから、それぞれ乳をとります。伝統的には、生乳を飲むことはあまりありません。一般的に、ウシの乳からは乳製品を作ります。ウマの乳は馬乳酒(ばにゅうしゅ)として利用します。

ちなみに日本のカルピスは、モンゴルの馬乳酒がヒントになって誕生しました。

乳製品は、クリーム状の「ウルム」や固形状の「アーロール」、飲料の「アイラグ(ツェゲー)」など、きわめて多くの種類があります。
モンゴルの人々は、「スーテーツァイ」と呼ばれるミルクティをよく飲みます。

小麦からは、「ボーズ」や「ホーショール」など具材を包む水餃子風の料理や、「ツォイバン」などの麺料理、「バンタン」などのスープ料理、「ボーヴ」などの揚げ菓子が作られます。

野菜や果物も内モンゴル自治区およびモンゴル国北部を中心に栽培され、現在のモンゴル料理では一般的な食材になっています。

モンゴルのこどもの教育

教育のしくみ

義務教育は、初等教育学校(小学校)5年間、中等教育学校(中学校)4年間です。

高等学校は2年で、その後、大学、短期大学などへ進学できます。
これらの学校は公立、私立がありますが、ほとんどはウランバートル市に集中しています。